ポエムだぴょん!

No.5

2002年1月27日の日記を加筆訂正して掲載しました。

 初恋日記

 T子は中2からの同級生で、おいらとは、いわば喧嘩友達の様な存在だった。他愛もない悪口をよく言い合った。2人とも唄が好きで休み時間などよく鼻歌を唄っていたものだったが、彼女は松山千春・ 吉田拓郎・長渕剛といったフォーク系、おいらはゴダイゴ・サザン・ツイストといったバンド系が好みで、共通してたのはアリスくらいのものだった。
お互いに、
 「なに、フォーク?松山千春?暗いなぁ〜」
 「なによ、サザンなんて何唄ってんだかさ〜っぱりわかんないじゃない?」

なんていっつもこんな調子だった。
 そんなT子のことをいつの間にか好きになってたことに気づいたのは中3の夏。でもそんな気持ちをどう伝えていいのかわからなかった14才のおいらは、表面上は今まで通り相変わらずの喧嘩友達を演じていた。
 T子は、気が強い反面、とても気配りのきく優しい子で、どんな時も誰に対しても、いつも同じ笑顔で接することが出来る人だった。自分の気持ちを殺しても相手を第一に思いやっている人だった。 でもその頃から何故かおいらだけには時折、嫌そうな顔や不機嫌な態度をとることがあった。
「嫌われてるのかな」
そう思ったらますます告白なんてできるわけがない。 〜時は経つ〜

 受験シーズン。学力の似通っていたおいらとT子は、自然に「同じ高校を受けようね」という話をしていた。一緒に勉強することもあった。おいらの家に来たこともある。学力テストの成績表 を見せっこして励まし合った。ところが直前になって彼女が志望校を変更。ワンランク上の高校を受けるという。
 「だって親の希望なんだもん。しょうがないでしょ!」
ぶっきらぼうに言い放つT子。当初志望していた高校だと電車通学。一方その高校は自転車で通える距離だった。それだけの理由。
 おいらは迷った。一緒に受けたいが、その高校では、おいらの力ではちょっと危ないのだ。でもそれは同程度の学力のT子も同じ事はず。 どうしよう・・・? 結局冒険する勇気はでなかった・・・。予定通りの高校を受 けた。
 公立高校合格発表の日。おいらは合格した。数名の不合格者のすすり泣く声が、静かな教室に響く。重苦しい雰囲気の中、ただひとり、気丈にもそんな子達を励まして歩いていたヤツがいる。T子だった。
 T子は・・・・・・・・落ちた。2次志望の私立女子校に進学が決まった。

 そうこうしているうちに卒業式。その夜、意を決したおいらは彼女に電話。思い切ってデートに誘った。答えは・・・・・・・・・・・・・・・・・OK!
「天にも昇る思い」というのを絵に描いたら、きっとその時のおいらの顔になっただろう。翌日は1日中、恵比寿様もびっくりするくらいのニコニコ顔で鼻歌。自転車ですれ違ったおじさんが怪訝な顔をしていたっけ。
 ところがその晩、彼女から電話が。「ごめん、やっぱり行けなくなっちゃった・・・」
1日で消えたおいらの幸福でした。

 高校に入学。フォークソング同好会に入部した。バンド派のおいらが何故フォークか?  それは先輩の強引な誘いのせいで、別にT子のためというわけではなかったが、もともと唄には自信があったおいら。「カッコいいところを見せたい」という想いは確かにあった。
 秋。初めての文化祭。初ステージ。当然T子を誘う。だがダメだった。なんと当日は彼女の高校も文化祭・・・
 冬。初めてラブレターなるものを書いた。数日後、1枚のハガキが届いた。差出人名はなかったが字を見ればすぐわかる。ハガキというところがなんともT子らしい。
その裏にはたった一言、「No.」と書かれていた・・・。 「ナンバー」・・・。違うだろな、やっぱり「ノー」って読むんだろな。
 こうしておいらの初めてのオリジナル曲「ラストレター」が生まれた。

 高校でいくつか恋をした。もちろん本気だった。しかし常に心の何処かにT子が棲んでいた。彼女は”別格”だった。新しい恋に夢中になりかけた時に限ってT子の夢を見た。なんてったって彼女の家は近所。しょっちゅう顔を合わせるし、話もする。簡単に忘れられるわけがない。「思い出カラカラ」なんて曲が出来たのはこの頃だ。
 中学時代の同級生で比較的仲が良く、唯一おいらがT子を好きなことを知っていたM子に相談した。彼女は言った。
 「え?でも、あなた達つき合ってたんじゃないの? そう思ってた人、他にもいたよ」
 なんと当時、おいらに片思いしていた子がいて、M子はその子から相談を受けていたというのだ。その子はおいらとT子を見て「付き合ってる」、少なくとも「T子の方がおいらに気がある」と思ってたらしい。

「マジマジ?」
って感じでしょ!? おいらは「嫌われてる」と思ってたのに、他人からはそう見えてたのか・・・。複雑な心境のおいらだった。

 高校を卒業。彼女は他県の大学に入学。家を出て寮に入り、週末だけ帰ってくる生活になった。それに引き替え、音楽にうつつを抜かしていたおいらは当然のごとく浪人。 街で会うことも少なくなり、遠く離れた彼女を想う。この頃の想いが「北の星座から」という曲にな る。
 相変わらず音楽三昧のおいら。ファンと呼べる子も何人か出来た。恋をし、フラれた。あるいはフってしまったこともあった。そんな時でも心に”別格”は存在していた。 何回フラれてもそれほど傷つかなかったのは、そのせいかもしれない。心の中で絶対的な存在となっていたT子。その気持ちが「麗奈」という曲となった。
 会うたびにライブに誘ったが、 いつも適当にごまかされ会場に来たことはなかった。そんな彼女にライブを録ったカセットテープを渡した。T子は「きれいな声だね」と言ってくれた・・・

 亡霊のように棲みついている想いに決着をつけようと思ったのは20才の時だった。
T子の20才の誕生日に電話をして呼び出した。彼女の誕生日は冬。
彼女は冬の似合う女・・・。
 誕生日のプレゼント(ブタさんのマスコット)を渡すと、 「かわいい!」と言ってにっこり笑ってくれたT子。 あの頃の、中学時代の笑顔に久しぶりに会えた気がした。
そこで改めて想いを伝えた。
 「ごめん。悪いけど・・・悪いけど、なんだ・・・」
 「・・・誰かいるの?」
 「ううん、そうじゃないけど・・・」
この時の情景がのちに「ラストメッセージ」という曲のモチーフとなる。

 約一週間後の1月27日、手紙が来た。今度はハガキじゃなくちゃんと便せんで。
「あなたのこと、どうしても好きになれそうにありません・・・」
「嫌いだ」と言われるより100倍こたえた。だって「好きに
なれそうもない」ってことは、
「好きになろうと努力したけどだめだった」ってことじゃん? 
 想いを封印するために「愛ひとつ夢ひとつ」などという曲を書いた。

 これでT子への想いを封印したおいらだったが、「封印した」というのは「閉じこめた」ということであって、決して消えていたわけではないということを思い知らされたのは、更に3年半後の秋、 偶然駅で会った元同級生から「T子が結婚した」と聞かされた時だった。その年の3月に結婚したとのことだった。おいらは絶句した。ふらふらとホームから落ちそうになった。
その夜、江戸川の土手に昇ったおいらは、まっ暗な川面に向かって叫んだ。
「バカヤローー!!」「さよならーーー!!!」
   そして「P.S.サヨナラ」という曲が出来た・・・・・

 

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