初恋日記 外伝(
Part 2 )
高校を卒業して浪人生となり4月から地元の予備校通いを始めた俺であったが、音楽活動だけは変わらずやっていた。
地元楽器店が月イチで主催するライブや、その常連たちが集まって結成した音楽サークルに参加し、精力的にライブ活動をしていた。
ライブのあとは必ず「打ち上げ」というのがある。メンバーのほとんどが未成年であったため、会場はいつも喫茶店だった。まあ喫茶店でビールを飲んでいる奴もいたが。
5月に行われたライブの打ち上げの席だった。ライブが成功して気分の良かった俺は、たまたま隣の席に座った女の子とハイテンションで話していた。
最初、ペットの話ですっかり意気投合した彼女と俺は、そのあとも学校の話やら人生話やらで盛り上がり、周囲の輪から外れて完全に2人の世界に入り込んでいた。
彼女が I 高校の3年生(つまり1つ年下)、K代だった。
8月に『夢追人(ムード)』を含め3つのグループ(3グループとも男2人組)が集まり、ホールを借りて自主コンサートを開催した。
当日は朝から出演者とお手伝いのメンバーが集まり、準備にいそしんでいた。K代もお手伝いメンバーの1人だった。
作業の合間に俺が1人でポツンとしていると、必ずスススッと寄ってくるのがK代だった。試しにわざと1人で離れて立っていると、やはりスススッと隣に来て話しかけてくる。
そりゃあ悪い気はしない。客観的に見てもかわいい子だったし。そんな次第で俺もだんだんと彼女を意識し始めた。
その日のコンサートは観客100人超を集めて大成功のうちに終わった。3グループのライブテープの販売も行ったが、後で聞いたところに寄ると申し込み数ナンバーワンは我が『夢追人』であったらしい。
このライブの直後、俺は大学受験を止め、音楽系の専門学校への進学を決めた。来年の4月まで暇になった俺はバイト三昧の日々となった。
9月15日。『夢追人』の相方Hや他の友人と共に我が母校 K高校の文化祭に行った。もちろんフォークソング同好会の後輩たちのステージを冷やかし・・・いや見に行ったのだ。
同好会のライブ会場である教室にいるとK代が現れた。この日も結局ずっと彼女とともに行動していた。
9月25日。今度はK代の通う I 高校の文化祭に足を運んだ。彼女はフォーク部の副部長だった。会場である教室で後輩たちをテキパキと仕切っているK代。彼女の新たな一面を見た気がした。
そのフォーク部のステージを観ていてびっくりしたことがある。ある出演者の男子がなんと俺のオリジナル曲『ラストレター』をコピーして唄っていたのだ! 彼とはもちろん面識もない。
おそらくK代からテープでも借りて聴いてくれたのだろう。
「今、客席に作曲者の『夢追人』の方が来ていまーす!」
なんて紹介されちゃって照れくさいったらありゃしない。しかし知らないところで自分の曲が評価されているなんて嬉しい限りであった。
K代は忙しそうではあったが、それでも時間が空くと俺のところへ来て話し相手をしてくれていた。そこで俺は彼女をその頃ハマり出していたボウリングに誘ってみたところ
、それを待っていたかのように笑顔でOKをもらえた。スケジュールを聞いて祝日である10月10日に約束した。
10月9日。日曜日のこの日は楽器店主催のライブに出演。いつものごとく喫茶店で打ち上げ。メンバーは出演者&常連客合わせて10人くらいだったか…
この日も観に来てくれていたK代は例によって俺の隣に座っていた。その席上、
「明日、ボウリング行けなくなっちゃった」
とすまなそうに切り出した彼女。なんでも彼女の志望する大学の説明会が明日あるそうなのだ。ちょっと怒ったふりをする俺。
「1人で行くの、つまんないなぁ」
などと言ってチラチラこちらをみる彼女に、
「俺、知らないよ。勝手に行ってくれば」
と突き放すとしょんぼりしてしまった。
ちょっと意地悪しすぎたかなと思い、トントンと肩を叩いて、
「一緒に行ってあげようか?」
「いいよ、無理しなくても」
「無理なんかしてないよ」
「ほんと!?」
とたんに彼女の顔が笑顔でくちゃくちゃになった。自分でもそれに気づいて恥ずかしかったのか、とっさに目の前にあったメニューを取って顔を半分隠すK代。そんな仕草を見て俺の胸はキュンとなった。
翌日その説明会に行って来た2人であったが、それ以降2人だけでちょくちょく会うようになった。ボウリングをしたり喫茶店に行ったり…。たいしたことはしてないし、特にお互いの気持ちを確認するようなこともなかったが、その時はそれで充分楽しかった。そんな時間がこれからずっと続くと思っていた…
状況が変わったのは年が改まった頃。「いそがしい」と言って会ってくれなくなった。
考えてみればそれは当たり前だ。彼女は受験生。もう入試目前の時期だし、そちらに集中したいのは当然。
しかし電話しても妙に素っ気ないのが気になった。「飽きられちゃったのかな」などと疑心暗鬼に陥る。
とりあえず入試が終わるまではと連絡するのを控えているうちにだんだんと電話しづらくなり、けっきょくそのまま会わなくなってしまった。
4月。新生活のスタート。渋谷にある専門学校に通う。それまで都会にはほとんど縁のなかった俺がいきなり渋谷デビュー。自分でも「似合わないなぁ」と思った。
授業はほとんど午前中で終わるので、昼飯を食べてちょっとゲーセンで遊んでから帰宅する・・・というのが毎日の基本パターンになった。
そんな生活にも慣れてきた5月も終わる頃、ふと思い出してK代に電話した。
いやちがう。ほんとはずっと気にかけていたんだ。電話する勇気がなかなか出なかっただけだ。また素っ気なくされたらどうしよう・・・?
「あれぇ〜、ひさしぶりぃ〜!」
電話の向こうで彼女の声が明るく弾んだ。
こうして2人は再会した。以前のように、いやそれ以上のペースで会った。
降りる駅は違うが同じ路線で通学していたので、時間帯の合う朝は示し合わせて同じ電車に乗った。帰りも週に1,2度は待ち合わせをして一緒に帰った。寄り道して遊んだ。これでまた元通りの仲に戻れた・・・と思っていた・・・
再び状況が一変したのは夏休みに入ってからだった。休みだから当然一緒に通学は出来ない。会いたい時はデートしなくちゃならない。ところが・・・
会ってくれないのだ。電話で誘っても「いそがしいから」と断られる。1月の時とまったく同じ状況になってしまった。
どうにもわけがわからない。つい先日まであんなに親しくしてたのに・・・?
8月は彼女の誕生日月だ。プレゼントを用意して会いたいと電話する。しかしやはり答えは「いそがしい」…。
別にプレゼントのことは言わなかったが意図は察しているはずだ。それなのに何故? 考えても混乱する一方であった。
8月の末に、昨年8月に自主コンサートを開いたメンバーで再びライブをやることになった。
ここだ。ここしかない。きっと彼女はライブには来てくれるだろう。ここで俺の想いをぶつけるのだ。そのために曲を書いた。『君だけに〜Love Song for You〜』がライブ直前に完成した。
前日、K代に「明日、会場まで一緒に行こう」と電話した。
「ライブには行くけど一緒には行けない」
と断られてしまった。でもとりあえず来てさえくれれば・・・唄を聴いてもらえれば・・・
そして当日。信じられない光景を目にした。共演するグループの1人と一緒にK代が現れたのだ。それも寄り添うようにして・・・
その時初めて彼女の心変わりを知った。新曲も虚しく散った…
その日の打ち上げで俺は初めて酒に酔った。同席の友人が心配して付き添ってくれた。彼は俺とK代のことを最初から知っていたから・・・。好意に甘えてその晩は彼の部屋に泊まった。とてもじゃないが1人で帰れる心境ではなかった。
枕を並べ天井を見つめながら語り合った。
彼は、「あれはないよな!」と怒ってくれた。しかし俺には不思議と彼女を責める気持ちはなかった。ただただ彼女をつなぎ止めておくことが出来なかった自分の不甲斐なさを呪うだけであった。
ままならない人生の儚さをかみしめながら、その夜は更けていった。
彼女の、あの時の、あのくちゃくちゃの笑顔だけが、何度も何度もまぶたに浮かんでは消えていった・・・
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