初恋日記 外伝(Part
3)
専門学校を卒業後、しばらくコンサートスタッフのアルバイトをしていた。好きな音楽業界の仕事だから楽しかったのだが、収入は不安定だし時間も休みも不規則、体力的にもきついので、いつまでも続けられる仕事ではない。
そこで25才になったのを機に就職活動を始めた。当時はまだバブルの頃。求人は腐るほどあった。
そんな中で選んだのが埼玉にある小さな広告代理店。求人広告の営業をしている会社だった。面接を受けて即採用。10月のことだった。
どのくらい小さい会社だったかというと、俺が入社した時は社長と部長(社長の奥様)の2人しかいなくて、古ぼけたビルの1室を借りていた。社長は元大手広告代理店の営業マンで、独立して会社を作ったのだという。社長夫妻には
長男・長女・次女の3人の子供があり、末娘が高校生で上2人は大学生。3人とも学校帰りによく会社に来て仕事を手伝っていたから、本当に仲の良い家族だったと思う。小さい会社だが、アットホームな会社に勤めたかった俺にとってはむしろ大歓迎だった。
俺の1ヶ月ほどあとにもう1人、同い年の男子A君が入社。さらにそのあとにY子が入社してきた。
Y子は2つ年下の23才。当時若手女優として人気のあった高岡早紀似の美人だった。おっとりしたしゃべり方でちょっと天然なところもあったが、人当たりが良く優しくて、
なおかつ俺がボケるとさらにボケ返してくるというようなユーモアのセンスもあり、話していて飽きない子だった。
この頃の俺の心理状況はというと…
約1年前、24才の誕生日を迎えた直後に、中学時代から長年片想いを続けていた女性がひと周りも年上の男性と結婚したと人づてに聞いて大ショックを受け、恋愛に対してすっりネガティブになり、冷たい氷で心が覆われてしまっていた時期だった…
そんな心の氷を彼女が徐々に溶かし始めたのだ。毎日彼女に会うのが、彼女と会話するのが楽しかった。
しかしそんな素敵な子を世間が放っておくわけもなく、当然ながら彼氏がいた。戦う前から敗れていたわけである。「絶対に口に出来ない恋」であった。
A君は半年ほどで辞めてしまい、会社は4人になった。
駅から会社まではゆっくり歩いて15分ほど。仕事が終わるとよく駅までY子と帰った。仲は良かった…と思う。帰り道に駅前のペットショップや楽器店に寄り道したりもした。
しかし毎週金曜日は彼氏とデートだとかで、その日はいつも1人でそそくさと先に帰ってしまうのだった。その後ろ姿を見送るのが切なかった。
ある日の午後、社長の長女が例によって手伝いに来た。その時にY子に向かってこう言った。
「この間、駅前で彼氏と歩いているの見ましたよ!」
「え〜、ほんとっ!?」
「背が高くてかっこいい人ですね。石黒賢に似てますよね」
それからしばらくの間、俺は石黒賢が嫌いになった。
ときどき社長が昼飯や夕飯に連れて行ってくれた。
雨上がりのある日。みんなで昼食に出かけた時、大きな水たまりをまたがなくてはならない場所があった。俺が先に渡り、あとから渡る彼女に手を貸した。ただそれだけのことだったけど、
初めて彼女の手を握った出来事として鮮明に記憶に残っている。
会社での仕事は電話での営業が中心。しかしたまにはアポイントを取って相手先を訪問することもある。Y子が初めてアポを取った時、先輩として俺が同行することになった。
行った先は日本武道館の近くにある大きなビルの中の会社。午前中の訪問で30分ほどで終わり、天気もいいし時間も早いし、ということでちょっと寄り道していこうと意見が一致。彼女が「まだ行ったことがない」というので、目の前にある靖国神社を参拝。敷地内の戦争博物館を見学して帰った。彼女にとっては単なる寄り道であったろうが、俺の心中は初デート気分だったことは言うまでもない
。
入社して1年以上が経過していた。その頃俺は、新たに結成したユニット『つくしんぼ』で定期的にライブハウスに出演していた。11月に行ったライブにY子も観に来てくれた。
来ていた別の友人が俺の耳元で「すっごいかわいい子だな」と囁いた。別に俺の彼女というわけでもないのに妙に鼻が高かった…。
「口に出来ない想い」というのがこんなに辛いものだと初めて知った。出会って1年以上。彼女を愛しいと思う気持ちは日に日に増大していく。事務所に2人きりでいる時など、たまらなかった。よく暴発しなかったなと
自分の自制心の強さに感心したものだ。
俺の心の氷はすっかり溶け、満々と水をたたえる湖に生まれ変わっていた。しかしその湖を渡る船に彼女は決して一緒に乗ってはくれないのだろう…
そんな彼女の誕生日に曲を作ってプレゼントした。『メッセージ』という曲だ。密かに想いを込めて作った曲をカセットに録音してプレゼントした。
彼女は「こんなプレゼントは初めて」と言って喜んでくれた。
年は改まって2月。またライブがある。彼女はまた来てくれると約束してくれた。
そうだ、「口に出来ない想い」を唄にしよう。次のライブで唄おう。
そう思って、『覚えたてのLove
Song』という曲を書いた。俺の想い、熱情をこの唄に託すのだ。
ライブ当日。この日はなんと大雪になってしまった。
開演時間が迫るがY子は姿を見せない。彼女は「超」が付くほどの寒がり屋。さすがにこれは来ないか?
『つくしんぼ』の出番になった。ついに彼女は現れなかった。いちばん聞いて欲しい相手が不在のまま、ステージを終えた。空虚感…。
楽屋へ戻り、一息ついていると内線が鳴った。
「受付にお客様が見えてます」
「?」
受付に行ってみると、そこには頭から雪をかぶったY子が立っていた。俺の顔を見るなり、
「ごめんなさい!!」
「ああ、遅かったよ! たった今終わったところだよ!」
「ごめんなさい。
雪だから彼氏に車で送ってもらったんだけど、渋滞に巻き込まれちゃって…」
そこまで言うと彼女の瞳から大粒の涙があふれ出し、それ以上しゃべれなくなってしまった。ただ「ごめんなさい」を繰り返すだけ。これには俺もびっくりした。
この場合、俺の取るべき態度は? 恋人だったらギュッと抱きしめてやる場面だろうけど、実際そうしたかったけど、でも恋人じゃないし。受付のスタッフの目もあるし…
俺は彼女の肩にポンと手を置くと、
「ありがとう。聴いてもらえなかったのは残念だけど、来てくれただけで充分だよ」
小さくうなずく彼女。
「彼氏は?」
「車で待ってる…」
「じゃあもういいから、気をつけて帰りなよ」
「うん。ほんとにごめんなさい」
出口への階段を上っていく彼女を見送った・・・・・
この1年くらいの間に社会では大きな変化が起きていた。
「バブルの崩壊」である。
うちのような小さな会社などひとたまりもなく、昨年末からすでに給料の遅配も起きていた。
社長がついに苦渋の決断を下した。従業員の解雇。
3月15日付で俺とY子は退職することとなった。
最後の日。俺とY子は2人だけでお別れ会をすることにした。
退社したあと、駅近くのビルの地下にある、ちょっとおしゃれなバーに入った。薄暗い店内。天井からはたくさんの豆電球がぶら下がり、星空を演出しているようだった。
今まで飲んだこともないようなカクテルを手に乾杯する。思い出話に花が咲き、時間はあっという間に過ぎていく。彼女の笑顔を見ていられるのもあとわずか…
「好きだ」という言葉が何度ものど元まで出かかった。しかし、言ってはいけない… このまま、友達のままで別れるんだ…
この店の中でのことが『Star Light Memory』という曲になる。
3時間ほども経っただろうか。名残は尽きないが時間も遅いのでお開きにすることした。
会計を済ませて外に出るとびっくりした。
一面の銀世界!
いつの間にか雪になっていたのだ。空を見上げれば大粒の牡丹雪が次から次へと舞い降りてくる。夜も遅いというのに雪のせいで街全体がとても明るく見えた。
街灯の色のせいか辺り一帯がオレンジ色で、とても幻想的な光景に見えた。
彼女が傘を持っていたので、駅まで相合い傘で歩いた。なるべくゆっくりゆっくりと…
この時の光景から『ラスト・シーン』という曲が生まれた。
駅へ着いてしまった。
「じゃあ、元気でね」
と握手を交わして別れ、それぞれの乗る列車のホームへ向かう。
途中で振り返り、ホームへの階段を降りてゆく彼女を、見えなくなるまで見送った・・・・・
P.S.
あれから20年以上が経った。
その後彼女は石黒賢似の彼と結婚し、母となり、今でも幸せに暮らしている。
彼女とは現在でも年賀状のやりとりをしている。年に1回、お互いの無事を確認するだけの作業ではあるが、もしあの時「口に出来ない想い」を伝えてしまっていた
なら、そんな交流も続いていなかったであろう。そう考えると感慨深いものがある…
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